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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)9500号 判決 1995年12月08日

原告

岡田勝治

右訴訟代理人弁護士

藤田整治

被告

株式会社明治生命大阪保険代理社

右代表者代表取締役

近藤茂

右訴訟代理人弁護士

井上隆晴

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金六五六三万三九三四円及びこれに対する平成六年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の勧誘により訴外明治生命保険相互会社(以下「明治生命」という。)との間で終身型の一時払変額保険契約を締結した原告が、被告の従業員の違法な勧誘により右保険契約を締結させられ、約二年二か月後に右保険契約を解約したものの、当初の払込保険料と解約返戻金との差額や保険料支払のために原告が銀行から借り入れた借入金の利息など合計六五六三万三九三四円の損害を被ったとして、被告に対し、不法行為による損害賠償として右損害金の支払を求めているものである。

一  争いのない事実

1  被告は、明治生命から委託を受けた西日本における生命保険の募集に関する業務を主たる目的とする株式会社である。

2  原告は、平成二年九月六日、被告から勧誘を受けて、明治生命との間で一時払変額保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。その内容は、被保険者を原告、保険期間を終身とし、一時払保険料一億〇七五六万五〇〇〇円、死亡保険金三億円というものであった。そして原告は、同年一〇月五日、明治生命に対し、保険料一億〇七五六万五〇〇〇円を支払った。

3  原告は、平成四年一一月一日頃、明治生命に対し、本件保険契約を解約する旨通知し、同月一一日、右契約は解約された。

二  争点

1  争点1

被告従業員が原告に対して本件保険への加入を勧誘した際、違法な勧誘を行ったか。

(原告の主張)

被告の従業員である訴外林碩人(以下「林」という。)及び訴外村尾光弘(以下「村尾」という。)は、原告に対し、変額保険の危険性については一切説明せず、「この保険は一〇年の実績があり、銀行よりも有利に運用しているので、二、三年以内の途中解約がないかぎり解約しても損をすることは絶対にない。」等と述べ、さらに「銀行借入金利用一時払終身保険による相続税納税資金繰りシミュレーション」と題する書面(以下「シミュレーション」という。)を示しながら、具体的には九パーーセントの運用利率の場合のみを説明し、株価等の大幅な下落によって運用実績がマイナスになる場合もあることを説明せず、本件保険への加入を勧誘したものであり、右勧誘は違法である。

(被告の主張)

林は、原告に変額保険のパンフレット等を交付した上で、変額保険は保険料を特別勘定資産として株式や公社債等に投資し、その運用実績によって保険金や解約返戻金の額が変動する保険商品であること、従って契約者は経済情勢や運用の如何によっては高い収益が期待できる反面、株価や為替の変動等によるリスクも負うことになることを十分説明しており、林の勧誘行為に違法はない。

2  争点2

原告の損害及びその額

(原告の主張)

原告の損害は次のとおりである。

(一) 保険料と解約返戻金との差額 三六九七万〇五二七円

(二) 銀行からの借入金についての利息 二〇七三万八一五三円

(三) 信用保証株式会社に対する保証料と返戻保証料との差額

一五万三九三四円

(四) 根抵当権設定費用

二五六万円

(五) 手数料等の費用

二一万一三二〇円

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実に証拠(甲一ないし四、一八、一九、乙一ないし四、証人林碩人、原告本人)を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  変額保険の特質

変額保険は、昭和六一年一〇月から販売が開始された比較的新しい保険であり、従来の定額保険と異なり、変額保険の資産を運用するために設定された特別勘定において国内株式や公社債等に投資し、その運用実績に応じて保険金や解約返戻金の額が変動する生命保険である。従って、保険契約者としては経済情勢や株価の動向によっては高い収益が期待できる反面、株価や為替の変動等によるリスクも負うことになる。ただし、死亡・高度障害の場合には運用実績の如何に拘らず基本保険金額の支払が保障されている。

変額保険が右のような特質を有することから、生命保険協会では「変額保険販売資格制度」を設け、変額保険の募集については特別の変額保険販売資格を有する者しか取り扱うことができないものとした。右資格を取得するには研修を受け、試験に合格することが必要である。

2  本件保険契約締結に至る経緯

(一) 原告は歯科医師であり、神戸市内に診療所(以下「原告診療所」という。)を構えている。被告の社員であった村尾は、歯科資材の納入業者として原告診療所に出入りしていたことから、原告に対して保険の勧誘を行っていた。そして原告は、村尾の勧めにより、明治生命との間で四件の一時払養老保険契約を締結していたほか、他の保険会社との間で合計二〇件から三〇件程度の一時払養老保険に加入していた。

(二) 平成二年七月ころ、村尾は原告に相続対策として変額保険への加入を勧めようと考えた。しかし、村尾には変額保険販売資格がなかったので、右資格を有する林に変額保険の説明及び勧誘をしてもらうことにし、同年七月一二日頃、村尾と林が原告診療所を訪れ、原告に変額保険への加入を勧誘した。

勧誘の際、林は、保険金額が変動することを波形で表現した説明図が記載されたパンフレットを示しながら、変額保険は、保険料を特別勘定資産として株式や公社債等に投資し、右図のように運用実績によって保険金や解約返戻金の額が変動する保険商品であること、従って契約者は経済情勢や運用の如何によっては高い収益が期待できる反面、株価や為替の変動等によるリスクも負うことになること、基本保険金額は死亡及び高度障害のときには運用実績の如何に拘らず最低保障されることを説明し、さらに右説明図の右側に記載された「特別勘定の資産の運用実績例表」(同表には、四〇歳の男性が契約した例として、運用利率が年九パーセントの場合、4.5パーセントの場合、〇パーセントの場合のそれぞれについて死亡・高度障害保険金と解約返戻金の額がどうなるかが具体的に記載されている。)を示しながら、運用実績によって保険金や解約返戻金の額が変動し、株価等の下落によって運用利率が〇パーセントになる場合もあると説明した。そして林は、原告死亡時には保険金が支払われるので不動産等を処分しなくても右保険金で相続税を支払うことができ、相続税対策になると述べて、原告に変額保険への加入を勧誘した。

(三) また林は、原告の家族構成や資産内容等について尋ね、その回答をもとに、原告の場合の死亡・高度障害保険金と解約返戻金の額の変動の予測を示した設計書及びシミュレーションを作成し、同年八月九日頃、設計書とシミュレーション、「ご契約のしおり定款・約款」(以下「ご契約のしおり」という。)を持って、村尾とともに原告診療所を訪れた。

林はまず設計書を示しながら、原告が保険金三億円で加入したことを想定して、運用利率が年九パーセントの場合、4.5パーセントの場合、〇パーセントの場合についてそれぞれ死亡・高度障害保険金と解約返戻金の額の予測がどうなるかを具体的に説明した。次に林は、原告が相続税対策として保険料相当額を銀行借入により調達した場合について、運用利率を年九パーセント、銀行借入金利を年8.5パーセントと想定したシミュレーションに基づいて、各年の相続税対策としての効果等を説明した。その際、原告から一〇年目の借入金残金と解約返戻金との関係を質問されたため、解約返戻金が借入金残金を三三五三万円下回ってマイナスになると説明し、その旨を表の欄外に記載した。しかし林は、株価等の大幅な下落によって運用実績がマイナスになる場合もあることについては説明しなかった。

林は右説明の後、設計書とシミュレーション、ご契約のしおりを原告に交付したが、右設計書には保険金額が変動することを波形で表現した説明図が記載されているほか、「特別勘定の資産の運用実績例表」には原告について運用利率が年九パーセントの場合、4.5パーセントの場合、〇パーセントの場合、それぞれ死亡・高度障害保険金と解約返戻金の額がどうなるかが具体的に記載されており、またご契約のしおりには、変額保険は運用実績によって保険金や解約返戻金の額が変動する保険であること等の記載がある。ただし、ご契約のしおりについては、林はその内容を原告に説明していない。

(四) その後、原告は銀行借入によって保険料相当額を調達して一時払の変額保険に加入することを決意し、その旨林に伝えた。そして林の紹介により、三菱銀行住吉支店から保険料相当額を借り入れることにした。

同年九月六日、林及び村尾は、三菱銀行の担当者とともに原告診療所を訪れ、原告は、本件保険契約を締結し、三菱銀行の担当者から融資の説明を受けた。そして、同年一〇月四日、原告は三菱銀行住吉支店から一億二〇〇〇万円を借り入れ、翌一〇月五日、明治生命に保険料一億〇七五六万五〇〇〇円を支払った。(右認定に対し、原告本人は、林は原告に変額保険への加入を勧誘した際、変額保険の内容や危険性等について何ら説明せず、かえって変額保険は一〇年の実績があって安全で確実であり、銀行金利より有利である、運用利率は最低年九パーセントで実際の運用実績は年一五パーセント程度である等と述べた旨供述し、また、ご契約のしおりは見たことがないと供述する。

しかし、「変額」保険という名称それ自体から、元本が保障されているというような性質のものではないと推測できるうえ、林が原告に示したパンフレットや設計書には保険金額が変動することを波形で表現した説明図が記載されているほか、「特別勘定の資産の運用実績例表」には原告について運用利率が年九パーセントの場合、4.5パーセントの場合、〇パーセントの場合についてそれぞれ死亡・高度障害保険金と解約返戻金の額がどうなるかが具体的に記載されているのであり、原告が右のパンフレット等を見れば変額保険の運用利率が保障されるような性質のものではないことが容易に理解できるといえるから、林がこれらの点について虚偽の説明をしたとは考えられない。また、本件保険契約の保険料は一億〇七五六万五〇〇〇円もの多額なものであり、このような多額の保険料の保険契約を勧誘するにあたって変額保険の内容について何ら説明しなかったとは考えられないし、原告が変額保険の仕組みや内容について説明を受けないまま、一億円を超える保険料を支払ったというのはきわめて不自然である。さらに、ご契約のしおりについては、生命保険契約申込書(甲一)の「ご契約のしおり定款・約款」ご受領印の欄に原告の印鑑が押捺されていることから、原告は右書面を受領していると認められる。変額保険の販売が開始されたのは昭和六一年一〇月であり、林が事実に反して一〇年の実績があると説明したとも考えられない。以上の事実に照らし、原告の右供述は信用できない。

もっとも、甲二〇によれば、村尾が原告診療所において、原告に対し、林の勧誘について、一〇年経ったらこれだけ儲かる等の説明をしただけで、運用利率が例えば四パーセントになった場合やマイナスになった場合にどうなるかといった説明はなかった旨供述したことが認められる。しかし、村尾は法廷における証言では右のような供述をしていないし、原告診療所において供述した当時、村尾は歯科資材納入業者として原告と取引があったこと、供述の場所が原告診療所であることからすれば、村尾が原告に迎合して虚偽の供述をした疑いも否定できないから、村尾の右供述は信用できない。)

二  林らの勧誘行為の違法性の有無

1  右一1で認定したとおり、変額保険は保険契約者が株価や為替の変動等によるリスクを負担し、場合によっては保険金や解約返戻金の額が元本割れを来す虞があるなど従来の定額保険にはない特質を有するものであり、また本件保険契約締結当時、右保険は比較的新しい商品であって右特質が世間一般に十分に浸透していたとまではいえない状況にあったから、保険契約者が従来の定額保険と同様、元本が保障されると思い込んで契約を締結する虞があった。従って、変額保険への加入を勧誘する者としては、保険契約者に対し、従来の定額保険との違い、とりわけ変額保険においては経済情勢や株価動向の如何によっては保険金や解約返戻金の額が元本割れを来す虞があることを理解できるように説明すべき義務があったというべきである。

2  これを本件についてみると、右一2で認定したとおり、林は原告に対し、保険金額が変動することを波形で表現した説明図を示しながら、変額保険は、保険料を特別勘定資産として株式や公社債等に投資し、図のように運用実績によって保険金や解約返戻金の額が変動する保険商品であること、従って、契約者は経済情勢や運用の如何によっては高い収益が期待できる反面、株価や為替の変動等によるリスクも負うことになること、基本保険金額は死亡及び高度障害のときには運用実績の如何に拘らず最低保障されることを説明し、さらに運用利率が年九パーセントの場合、4.5パーセントの場合、〇パーセントの場合についてそれぞれ死亡・高度障害保険金と解約返戻金の額がどうなるかが具体的に記載されている「特別勘定の資産の運用実績例表」を示しながら、運用実績によって保険金や解約返戻金の額が変動し、株価等の下落によって運用利率が〇パーセントになる場合もあると説明し、さらにシミュレーションに基づく説明の際、一〇年目の借入金残金と解約返戻金との関係について解約返戻金が借入金残金を三三五三万円下回ってマイナスになると説明しているのであって、原告が従来の定額保険との違い、とりわけ変額保険においては経済情勢や株価動向の如何によっては保険金や解約返戻金の額が元本割れを来す虞があることを理解できるに十分な説明はなされていると認められる。

原告は、林が運用利率年九パーセントの場合のみについてシミュレーションを作成し、原告に具体的な説明をしたことが違法であると主張するが、林の変額保険についての一般的説明を併せ考慮すれば、シミュレーションによる説明があくまで一つの予測に基づく説明であることは原告にも容易に理解されたと認められるから、原告の主張は理由がない。

また原告は、林が株価等の大幅な下落によって運用実績がマイナスになる場合もあることについて説明しなかったことが違法であると主張するが、林の前記説明からすれば、株価等の大幅な下落によって運用実績がマイナスになる場合もありうることは原告にも理解可能であったといえるから、林がこの点を特に指摘しなかったことが違法であるとはいえない。

従って、林らの原告に対する変額保険加入の勧誘行為について原告の主張する違法は認められない。

三  結論

以上から、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官將積良子 裁判官村上正敏 裁判官中桐圭一)

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